落書帳

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2002 年 7 月 29 日

今日は今月体験したいろいろなことについてとりとめなく書こう.

まず妻が風邪のため代理で出席した TEPCO お料理教室. 特に人気のイタリア料理で,抽選を勝ち抜いてのものなので, もったいないということで代わりに出席. 事前の情報では多少男性もいるということであったが,行ってみると 先生以外は女性ばかりでかなり固まる. それでなくても私はかなり人見知りするタイプなのだ. 先生はつくばでレストランを経営しているのだが元研究者という変わった経歴の 持ち主で,話を聞いているうちに場の雰囲気にも少し慣れる. ちなみに今回のメニューはピザ,ミネストローネ,ティラミス. いざ料理が始まってみると何をやってよいやらよくわからず戸惑うも, ピザの生地の小麦粉を混ぜたりとかできることを見つけて黙々とやっていた. しかしそのうち班の中に子供の幼稚園で同じクラスのお母さんがいることが わかり,それをきっかけにやっとコミュニケーションも取れるようになり 無事に終わる.

次にやはり妻の代理で出席した保育参観. これだけなら何の問題もないのだが, 学級懇談会というのがあってそれぞれ1分くらい話をしなければならないこと に... 研究のミーティングなら何分でも即興で話すのに何の苦労もないが, 先生やお母さん方を前に子供の話をするのは勝手が全く違って緊張する. なぜかこの時もうちのクラスだけお父さんは私以外ゼロ. まあなんとか乗り切ってお祭り(つくば吾妻祭)の盆踊りの練習を子供たちと 一緒にやってこれも無事完了. しかしお祭り本番では親の輪のまとまりが 悪くいまいち実力を発揮できず.

最後は生協の企画で4月にまいたトウモロコシの収穫があったので家族で 出かけた. やたら暑い日で,かなり消耗したが,子供にとっても大人にとっても いい経験ができた. トウモロコシは一本の木に何本もできるが, 大きいのは一番上のだけで二番目以降は指数関数的に大きさが減衰する (ただしヤングコーンとしてゆでてマヨネーズなどで食べれば食べられる). それで二番目以降は勝手に持って帰っていいということなので欲張ったのが 大きな間違い. 一番目の分配だけでも各家庭40本づつ以上配っても余ってしまい,勝手に取った 小さいのを積んだら車が満載. 妻の実家やらご近所に配ってもまだまだ あり,しばらくトウモロコシ漬けの毎日であった. 小さいのでもヤングコーン以上に育ってしまったやつはあまり甘みがなく 結構辛かった. 収穫後は本当はほかの野菜(落花生など)の草刈りをやるはずだったのだが, あまりの暑さに農家の方に西瓜を振る舞ってもらった上に草刈りはなし. ということで参加者は美味しい思いだけして解散となった. ところで4月の時に種をもらって家の庭にもまいたのだが, 土質の違いと手入れの違いで背丈も50cmくらいしか伸びず,やっと小さな 実が一本あたり一個だけなりそうな状況である.


2002 年 7 月 12 日

6月はいろいろ締め切りだのなんだのに追われて,7月になったら暇になるかと 思ったら,なんだかいろいろ忙しい. と書いているが,研究者という職業をよく知らない人にとっては,あるいは 研究者でも分野の違う人にとってはどういうのが忙しいというのかわからない かもしれない. 研究者の忙しさはきっと芸能人とか企業の営業マンとかそういう忙しさとかと は全く異種のものだと思う. ということで研究生活について少し書いてみよう.

研究者のする仕事は大きく分けて5つ. 1.勉強,2.考える,3.実験,4.論文書きや発表,5.雑用 である.

最も創造的な部分は2で,ここが研究者としての一番大事なところである. しかし,忙しいと言うときは,主に4や5(たまに3)が忙しいという ことで,忙しいのは研究者にとってはあまりうれしいことではない. 1や2といった大事な時間が取られるからだ. 1の時間というのは まあ仕込みみたいなもので,これがないとなかなかアイディアも浮かばない. 具体的には何をやっているかというとまあ本や論文を読んだり研究会に出たり, あとは詳しい人に話を聞きに行ったりする.

2の時間にはむしろゲームしたり,テレビ見たり,お茶飲んだり,宴会したり, あるいは夜寝ているときだったりする. 考えがある程度まとまれば 紙切れになぐりがきしたりもする. これはもうなんとも説明のしにくいもので,故に往々にして忙しいときには こういう時間がどんどん削られて 研究は進まない. 3や4は外から見ると一番研究しているように見えるが 実は大して進んでいない. まあたまには 2へとフィードバックしていくこともないことはないが, 基本的には2の後かたづけみたいなものである.

5はうちの研究所ではあまりないが,評価だの研究計画だのいろいろ でっち上げるのにかかる非生産的な作業である. それ以外にも査読や 各種委員会といった対外的な作業もある. こういう対外的なものはまだ まれにいい論文に出会ったり,有名な研究者と知り合いになれる機会が あったりしてメリットがないわけではない. まあ大した研究をしてなくても 年齢を重ねればこういう仕事は自然に回ってきてしまうので,なんか 偉くなったような錯覚を起こしたり,研究をおろそかにして政治活動に 走ったりしないように気を付ける必要がある.

というわけで,研究者が一番創造的でいられるのは遊んでいるときだけだという のが本日の結論である.


2002 年 6 月 5 日

つくばのダイエーが5月一杯で閉店した. バブルの犠牲者とはいえ,結構利用 していたので,個人的には影響が大きい. あの後には何が入るのだろうか. ホームセンターとかが学園中心部にはなくなったのでできると うれしいのだが...

つくばといえばコートダジュール というケーキ屋があり,私がつくばに来た後にできたのだがあれよあれよ という間に大きくなって,今度はイタリア風のカフェみたいなのをプレオープン させたりして繁盛している. うちも少なからず売り上げに貢献しているはずだが,これだけ大きく なってしまって大丈夫?という気がしないでもない. 裏の取れている情報ではないので恐縮だが,一説によると関東一売り上げている ケーキ屋らしい.

ここのところ外務省やら何やらで日本のだらしなさが世界に露呈しているが, まあ多少なめられているぐらいの方が平和でいい. あまりメンツや主義にこだわりすぎると中東のように泥沼になる.

もう一つ,一時期あれだけ流行っていた大食い・早食い番組がずいぶん減った 気がする. やはり死者が出たのが原因だろうか. 逆に言うと死者が出なければ番組を 作り続けてしまうところが人間の浅はかさであろうか.

というわけでいろいろ書いたが,今やどこにチャンネルを合わせても ワールドカップ一色である. 個人的な好みとしては国を背負ったワールド カップよりも比較的純粋に楽しめるクラブ選手権とかの方が好きだが, まあこれで景気回復になればめでたいんだろうな,きっと. 今朝 NHK で視覚障害者のサッカーみたいなのをやっていて面白いなと思った. 聴覚を研ぎ澄ませてグラウンドを駆け回る光景はなかなかすごい. これのワールドカップならちょっと見てみたい気もするが, あまり景気回復にもなりそうにないので政府が力を入れそうもない.


2002 年 5 月 16 日

もっと早くに書こうと思っていたのだが,だらだら時間が過ぎてしまった. まずは,4月からヒカリアンが30分番組になって復活した(TV東京, 日曜朝8:30〜). 超特急ヒカリアンだったのが電光超特急ヒカリアンという名前になり, 以前はあれだけ探すのが大変だったトミーのヒカリアンもおもちゃ屋に 山ほど並んでいる. うちの子も毎週見て,ヒカリアンステーションで 遊びまくっている. ちなみに列車の方はパッケージは違うものの 以前のシリーズと同じもののようだ.

それから今年度前半は自治会の会計になってしまった. 銀行に名義変更 に行ったりお金を集めたりなかなか大変ではあるが,近くに住んでいても 会う機会の少ない人と会うのはそれなりにいいものだ.


2002 年 4 月 2 日

うりなりも雷波少年も最終回を迎えた. 電波少年もそろそろ終わりそうである. 挑戦シリーズも他局がいろいろはじめたのでフロンティア的なこれらの番組も そろそろ終わるということだろうか. TVチャンピオンだけはテレビ東京の 意地を見せて存続して欲しい.

もっと身近では,電総犬ギンがついに16歳の長寿を全うして亡くなった. 外で飼われていた犬としては相当長生きした方であろう. 私が電総研に入所した1990年にはもうすでに門番をやっており,私よりも キャリアの長い犬であった. 最近ではうちの子も研究所に遊びに来る毎に ギンと遊ぶのを楽しみにしていた. 子供はまだ死というものを漠然としか わかっていないので,どう感じているのかはよくわからない. (こういう私も実際死とはどんなものか漠然としかわかっていないのだ が...) 独立行政法人化され,研究所の名前も変わって1年様子を見てから 亡くなったというのはなかなか象徴的な話ではある. 何かと殺風景な研究所に明るい癒しを与えてくれていたギンの冥福を心から 祈りたい.


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